ありがとう、私の目
朝イチで眼科に行った。
2週間前から、黒っぽいゴマ粒状の物が、視界にチラチラ動いて見え、気になっていた。
しかし、コロナ感染を恐れ、受診を控えていた。
ところが昨夜、パソコン画面の文字を読んでいたら、どうもクッキリ見えない。
左目はクッキリ見えるのだが、右目がクッキリ見えず、文字がボヤける。
遠くを見ても、同じだ。
ひょっとして、網膜剥離とか … ?
… 不安がよぎった。
眼科は、普段より、かなりすいていた。
やはり、コロナの影響だろう。
まずは、玄関に置かれた消毒液をタップリ手にすり込んでから、
色々と検査を受けた。
そして、散瞳して眼底を見てもらう。
見終わってすぐに、医師は、「網膜裂孔でも網膜剥離でもありません」と、言ってくれた。
一番恐れていたことを免れ、私はホッとした。
ところが、機械で網膜の断面図をとると、
左目は黄斑部に正常に凹みがあるが、右目は凹んでおらず、平らだった。
「網膜前膜」という病気だそうだ。
硝子体が老化した結果、網膜黄斑部に膜となって貼りつき、視力を低下させるケースがあるらしい。
「珍しい病気ではなく、自覚のない人も結構います」とのこと。
「しかし、あなたの場合、
その10年前からのメガネが、今では、かなりの過矯正となっているため、その影響も考えられます。
まずは、適正なメガネを作り直し、それで様子を見たほうが良いです」とのこと。
次回、改めて受診し、メガネの処方箋を作ってもらって、新しいメガネを作ることとなった。
今のメガネを作ってから、たしか10年以上経っている。
レンズは超薄型・フレームはチタンで、価格はたしか、10万円位だった。
新しいメガネには、そんなに払いたくない…。
貧しい年金暮らしなのだ。
しかし、どうなるか?
加齢による硝子体や水晶体の変化で、
近視の度数は変化するのだそうだ。
「それにしても、右目は、7段階も過矯正ですよ」と言われ、
そんなに変化するのか?と、ビックリした。
最初から、過矯正気味だった可能性もあるようだ。
いずれにせよ、網膜の裂孔でも剥離でもなく、ホッとした。
そして、一瞬の検査で、網膜の断面まで調べ、図としてハッキリと見せてくれる現代医学に、改めて驚異を感じた。
待合室の椅子に座って、過去を振り返った。
…16年前には、乳癌をゼロ期で見つけてもらい、手術した。
その後、骨転移など紆余曲折はあった。
しかし、直近の検査では、癌細胞はもう見つかっていない。
本当に、現代医学に救われた。
50年前なら、たぶん私は、今、生きていないだろう。
小学生の子どもを置いて、泣く泣く死んでいっただろう…。
それから、10年前に手術して貰った人工股関節。
この人工関節も、もし開発されていなければ、私は、今頃、どうなっていたろう?
強い痛みに苦しみながらの両松葉杖か?車椅子か…?
本当に、今まで、現代医学の御蔭で、何度も助けられて来たなあ…。
新技術を開発してくれた方々、それを私にキッチリと施して下さった医師の先生たちに、
深く深く感謝したい…。
追記
帰宅して、ネットで少しだけ調べてみた。
「網膜前膜」は、手術で改善されるケースもあるらしい。
しかし、失明はしないものの、
視力低下やゆがみが、そのままになってしまうケースもあるようだ。
私は、今後、どうなってゆくのか…?
2つの目が正常に機能してくれていた、この60年余…。
「ありがとう、私の目」…という気持ちになった…。
追記2
私が見た7.8人の患者さんの中で、
ノーマスクは、1人だけだった。
80歳前後のおじいさん。
昨日、夫が乗った地下鉄でも、ノーマスクは、極めて少数派。
全員、男性で、若者か、お年寄りのどちらかだったそうだ。
若者は、「自分はゼッタイうつらない」の意識なのか?
お年寄りは、「自分はもう、いつ死んだって良い」の意識なのか?
いずれにせよ、「エゴイスト」ではないか。
「無症状の感染者」が誰かにうつしてしまい、
その相手が重症化する可能性はあるのだから…。
それとも、彼らは単に、情報を得ていないだけなのか…?