すずめの歌

夫と2人暮らしの日々

身内に見る「自閉症的な人の特徴」


私の身内で、
自閉症傾向が強いのは、
3人だ。








私の父、息子、兄嫁。








(父方の親戚とは、
長く
絶縁しているので、
一切、
知る術がない。)








3人の
共通点の1つは、
顔だ。






3人とも、
「雛人形」を

思わせる顔をしている








ほぼ左右対称で
目鼻立ちが

整っている。







そして、
表情に、
「人間臭さ」「感情」が

乏しい。








人は普通、
家族を持ち、
その人間関係の中で
生きている。








だから、特に、
子を持って

親になった場合、


「母性」「父性」が
顔に出やすい。







しかし、
自閉症傾向が強い場合、
そういう種類の表情が
ほとんど

顔に表われない。







子がいても、
家族を持たない
「独身者」のような
表情をしている。







それが、特徴的だ。





おそらくは、
通常人のようには、
家族との関係に
左右されない内面を
持っているのだろう。





それが、
表情に表われるのだ。









そして、
3人の
最大の特徴は、
「こだわり」が

激しいことだ。







父と兄嫁は、
2人とも、
極度の「学歴主義者」であり、


「大学」に対して、
異常な「こだわり」を

持っていた。








父は、
「大卒でなければ、人でない」、
「学者こそが、至上の職業」という
異常に偏った考えを
強固に

持っていた。








そのため、
父は、

長男を洗脳し、
「大学教員」に仕立て上げた。







私の大学と職業まで
勝手に決め、
私に強制した。







あの強制がなければ、
私は、
自分の選んだ大学へ進み、
自分の選んだ職に

就いていただろう。







その結果が
どうなったかは、不明だ。







しかし、
今のような
「自分の人生をムダにした」という
深い後悔は
私に

なかったろう……。








兄嫁は、
子に、
自分好みの大学を望み、
二浪まで強いた。






小・中・高と
うるさく口出しを続け、
子を
自分の偏った価値観で
強く支配していた様子
だった







その結果、
子は、
3流大学へ進み、
卒業間際に

自死した。









アインシュタイン、
エジソンも
ASDだっただろうと

言われている。






自閉症者は、
人類に
大きく貢献することも

あるのだ。







しかし、
家族には、どうか?






自閉症の1つの特徴は、
家族との関係が
良くないことだそうだ。







強すぎる「こだわり」を
家族に押し付け、
家族を苦しめ、
不幸にしてしまうことが

多いのだろう。







私の父は、
自分の母親と仲が悪く、
激しい諍いを続け、


最終的には
勘当され、
実家から去ったが、
生涯、

母親を恨んでいた。







兄嫁も、
自分の実家の両親との

関係が悪く、
常に、

ギクシャクしていた。



ご両親は、
常に、
困っている様子だった。







私の息子は、
私を嫌い、
事実上の絶縁を
私に

申し渡してきた。







親は、
子を

真剣に思うからこそ、
他人ならば

絶対に言わないことも
踏み込んで、
子に告げる。






子に、
深く関わろうとする。







しかし、
自閉症的な子は、
言葉の「表面」だけをとらえ、
親の言葉や行動を
「自分への攻撃・否定」ととらえ、
親を

敵視してしまう。







親の言葉の
奥底にある、
心から子を思う

真情・愛を
一切、
理解しない。








親が吐く
子にとって厳しい言葉の
裏側にある、
子を思う
親の立場、
親の真意を、
自閉症的な子は、


想像することが出来ない。







親を
自分にとって
非常に大切な相手として、
深く
思いやり、

尊重することが
出来ない。








それが、
自閉症的な子と
親の関係が

悪くなる要因だろう。


必然なのだ。








私が
ちょっと相談してみた
精神科医は、


成人した自閉症の子に、
親ができることは
ありません」と、


きっぱりと
言い放った。






本当なのだろうか?







しかし、
息子に

絶縁を申し渡された私に、
できることは、ない。








私の
今の心の中は、
一面、
砂漠だ。








冷たい風が
吹きぬけて行くだけだ。







私は
無力に
しゃがみ込み、
立ち上がれないでいる。








やっと、気づいた。







私は、
息子に
依存していたのだ。







息子を愛することで、
自分の空虚を
埋めようとしていたのだ。








息子が
永遠に去った今、
私は

一人で
生きていかねばならない。