すずめの歌

夫と2人暮らしの日々

私は愚かだった。

息子が、
トラブルに巻き込まれた。


と言うのは、本人の弁だ。






私から見れば、


サッサと
回避すべきだったトラブルに、
ブレーキをかけず、
自分から突っ込んで行った……


としか見えない。







息子は、長期間、
強いストレスに晒され、
心をすり減らした挙げ句、
心を病んだ。






今は、
回復傾向にあるらしいが、
いつまた、

ダウンするか……、


私は、ヒヤヒヤしている。







なぜ、息子は、
もっと早くに逃げ、
トラブルから遠ざかり、
自分を守らなかったのだろうか?






自分の問題ではなく、
「他人の問題」だったのに……。







トラブルの相手方は、2人。


1人は、
どうやら、軽度の発達障害らしい。


「こだわりの強さ」に、
完全に

異常なものがある。







その人について
考えているうちに、
私は、

ハッと気がついた。







息子も、
こだわりが強い。


その異常な人と、
よく似ている。







ギョッとして、
自閉症について、


いろいろ調べた。






調べるほど、
息子と

合致点が多く、


私は、唖然とした。







なるほど……。







どうやら、
息子は、
「自閉症傾向」があり、
「自閉症グレーゾーン」

もしくは、
「自閉症的な人」なのだ。







自閉症は、
遺伝の影響が強いらしい。







私の夫も、
コミュニケーション能力が

低く、
「軽度の自閉症グレーゾーン」と
言える面がある。







夫の父親も、同じだ。






そして、
私の父。






今回得た知識と
照らし合わせると、


私の父こそ、
「かなり自閉症傾向が強い」

人間だった。







考えてみると、
小さな頃から、


「父と目が合った」経験が
私には、

一度もない。







・コミュニケーション力が
 明らかに低い


・驚くほど不器用


・周囲と
 情緒・感情の交流をしない・できない


・限定された狭い分野についての
 興味関心が強く、
 驚くほど知識が豊富





などなど、
普通人にはない、
いろいろな特徴が
「自閉症傾向の人」には、

あるらしい。






父は、
チリ紙・ティッシュを裂き、
指先に取って丸め、
直径5ミリほどの玉を、

テーブルの上に数十個作るのが、
長年の癖だった。




これは、
「常同運動障害」の一種
だったのかも知れない……。








「自閉症傾向が強い」上、
「自己愛性人格障害」だった、
私の父。






彼が、我欲のままに
強引に支配して育てた子は、
3人とも、

不幸になった。







一方、私の母を、
ひと言で評するならば、
「低劣」。






低劣な母だったからこそ、
誇大な嘘吐きだった父に

騙され、
逃げず、


父の下女として、
人権を踏みにじられたまま、


自分が
なぜ不幸だったか
理解できないまま、


父に奉仕し、


私を
愚痴のはけ口とし、


私を
蔑視して
ストレス解消し、


そのまま、
長い一生を終えた。







母は、
父が

3人の子の人生を
支配し
過ぎていたのに、
「お父さんは子煩悩」と

笑っていた。







本当に、低劣だ。







母が
父と結婚したのは、
27、8歳だった。



当時としては、
嫁に行き遅れだったろう。






一回り年上の姉夫婦の下で
働いていたが、


その姉が、父と知り合い、
母に

父を世話した。







いくら、父が
猫をかぶり、
正体を偽っていたにせよ、


その姉(私の伯母)は、
人を見る目が、
なかった……。





あるいは、
嫁に行き遅れの母を

持て余し、
焦っていたのだろうか……?







いずれにせよ、
父のような人間が、
結婚し、

子どもまで持ったのは、
大間違いだった。





父は
家庭内で
徹底的に暴君だった。




妻子にとっては理不尽なことを、
我欲だけで
平気で
押し通し、


妻子を泣かせた。






母は、
「辛い。逃げようか」と
迷ったときに、
父から
逃げるべきだった。







母が、
そう出来なかったために、
そうしなかったために、
私が、いる。







両親から
憎まれ、蔑まれ、
自分の子からは、
無視されている私が、いる。







息子のような人は、
「幸せな結婚」は、

難しいだろう。






よほど、
世話好きな女性でないかぎり、
息子との結婚生活は、

無理だろう。





そして、
いくら
世話好きな女性であれ、
子が生まれ、

手がかかるようになれば、
夫の世話まで、

やっていられないだろう。







そして、
「父の役割を果たせない父」に

育てられても、
子は、

幸せになれない。







息子は、おそらく、
生涯、
独身のままが

良いのだろう……。








また、自閉症は、
高齢の両親から


生まれやすい傾向が
あるらしい。






息子を授かった時、
私も夫も、

とうに40を過ぎていた。







また、
大人の自閉症の場合、
周囲から意見をされると、
「耳を貸さない」「怒る」ケースが

多いらしい。






息子は、残念ながら、
これにも
当てはまる。








私の人生って……
何だったのだろう……







心から愛せる対象が欲しくて、
私は、

子を生んだ。







自分が親からされたような、
「否定」「支配」は、
絶対にせず、


子を受け入れ、認め、励ます。


思い切り、長所を伸ばす。


自己肯定感を育てる。


それを、
私は実践したつもりだ。







しかし、
息子は、高卒後、
私には

見向きもしなくなった。






反抗は、
自立への第1歩だから、
必要なことだ。





しかし、
息子は、今も、
私に

見向きもしない。







今回のトラブルも、
息子から

相談してきたのではない。


外部から、伝えられた。






しかし、発覚後は、
私は、

親として
最大限の努力をした。


身を削って、
協力・助言をした。


こんなに辛い日々を
過ごしたことはない。


文字通り、
生きた心地のしない日々を
過ごした。






しかし、
危急が去った今、


息子は、再び、
音信不通状態へ

戻ろうとしている。







息子の仕打ちは、


「ずいぶん、
非人間的な仕打ちだ……」と


今まで、
私は思っていた。





しかし、それも、
「自閉症傾向」があるため、


「普通人とは感覚が違う」……



「コミュニケーション能力が
著しく劣るため……」


とすると、
無理のないことなのかもしれない。








父とは、
人間同士らしい交流が
なかった。



父には、
私に、
「異性の子」に対する
本能的な愛情は、あった。





しかし、
父は、
自分の異常な
「学歴へのこだわり」を
私へ向け、


私を支配し、
教育虐待したため、


結果的に
私を
虐待した。







一人息子とも、
人間らしい心の通い合いが
ない。



コミュニケーションらしい
コミュニケーションが、ない。







私にとって、
唯一、
「温かい心の通い合い」
「コミュニケーション」が
可能と
思われた相手は
母だった。







しかし母は、
生涯、
私を蔑み憎んだまま、

去って行った。







残るは、夫だが、
夫も、

父ほどではないが、
やはり、

「薄い、自閉症グレーゾーン傾向」と
言える。







私が
夫と結婚したのは、
父からの影響が

大きかったと思う。







全く目が合わない人。


心の通い合う
コミュニケーションが取れない人。


それが、
私の
「成人男性」モデルだった。







だから、
夫と出会った時も、
あまり

違和感がなかったのだ。







そして、息子……。


目が合わない息子。


温かい血の通った
コミュニケーションが
取れない息子……。







映画「サウンドオブミュージック」の
「すべての山に登れ」という歌。



あの歌に、
私は
触発されてしまった。






40を過ぎていたのに、
子を持とうという野心を

持ってしまった。






しかし、
「すべての山に登る」という意味は、


実は、
「すべての悲しみの谷も下る」
という意味だったのだ……。






それが、
今頃になり、

ようやく、解る。







息子は、高校生の時、
「自分は幸せ」と

言っていた。




二十歳くらいの頃には、
「自分の事は75%好き」とも
言っていた。







今は、どうなのだろう?






今も、これからも、
そうであってほしいが、


しかし、
難しいだろう……







実社会は、
学校社会より、
遥かに
遥かに厳しい。







発達障害傾向があれば、
人間関係のトラブルは、

絶えないだろう……。








今回のような
深刻なトラブルを
繰り返すのだろう……。







息子を生んだことは、
私の

過ちだったのか……







あんな父を持った私は、
子を
生むベきではなかったのだろう……







遺伝に対する
私の考えは、
甘過ぎた。







父という異常人物への
考察が、
全く不足だった。




身近過ぎて、
キチンと

客観視出来ていなかった。



父が
「自閉症的な人」
「障害者的な人」
だという観点が
私に
なかった。






子ども時代から、
「父は異常な人だ」と、
私は
感じていた……。




しかし、父が
自分の母親を
異常に恨んでいたため、


私は
「親の育て方が悪かった」ために、
父の性格が大きく歪んだ……と
考えた。






しかし、
そればかりではなかったのだ。




父は、
もともと、
異常な遺伝子を持って生まれた
人だったのだ。





その父からの
異常な遺伝子が、


自分が
子を持ったとき、
どう影響するか……、


それを
少しも、私は
考えていなかった。







私は、愚か過ぎた。


考えが、甘かった。


考えが
足りなかった。






追記


シンガーソングライターの
米津玄師さんは、
ASDを公表しているそうだ。




野球のイチロー氏は、
公表はしていないが、
おそらく
ASDだろうと言われている。





アーチストやアスリートは、
その分野に対する
突出した
集中力・持続力・こだわりが
必要だから、
もし才能があれば、
大きく花開くのだろう。





問題は、
平凡な社会で
生きなくてはならない
一般人のASDである……。




平凡な社会では
平凡な人ほど、

多数者に属する人ほど、
生きやすい……。




少数者は
生きにくい……。