すずめの歌

夫と2人暮らしの日々

母の匂い

すずめ

ある方がブログで、

ご高齢で亡くなられた「お母様の匂い」について

書かれていた。






仁丹やら、お線香やら、ナフタリン……。






それで、思い出した。






母の家は、

お線香とサロンパスが

ミックスされた強烈な匂いが

充満していた。






だから、他の匂いは、何もしなかった。







母が90歳の時、

私は、

母の一人暮らしはもう無理と判断し、

母に「老人ホーム」を勧めた。







ところが、

母の周囲には

老人ホームへ入った人はいなかった。



それで、母は、尻込みした。








しかし、私は説得を重ね、

見学に連れ出すことに成功した。







1件目、小規模な静かなところで

私は気に入った。






しかし、

食堂にいた2人の老女に

母が話しかけても、

返事が返って来なかった。






どうやら、認知症のようだった。







帰宅後、母は、

「あんな淋しいところ、絶対嫌!」と

言い放った。







私は諦めず、

2件目に連れて行った。






100人ほど入居者がいて、

食堂はにぎやかだった。







あちこちで、

おしゃべりの花が咲いている。






母は、それを見て言った。

「ここは、良いわ。

アハハって、笑って話してる。」







昼食も体験したが、問題は何もなかった。







念のため、もう一度見学し、

それでOKなら契約しようと決め、

兄たちへ連絡した。







初期費用はほとんどかからず、

月々、母の年金がそっくり充てられ、

小遣いや医療費は、

父の遺した預金でまかなう……。

そういう予算だった。







次兄からは、OKが来た。






長兄は、何も言ってこなかった。







しかし、数日後、

母に電話した私は、

長兄が母を訪れていることを知った。







母の声は、

嬉しさと幸せに明るく弾んでいた。







また数日後、母に電話してみた。







母の声は、怒りに満ち満ちていた。







母は、大声で怒鳴った。







「長男が帰る時に、玄関でこう言ったわ。




『お母さん、

お母さんの年で(90歳)老人ホームに入ると、

1年で病気になって死んでしまう。


国で調べたそういうデータがある。


僕は、

大学で福祉を教えているから、知っている。


お母さん、それでも良かったら、

老人ホームに入りなさい。』






私は、

絶対に、老人ホームなんか、入らないからね!!!」






母は、全身で絶叫した。







「お前の言うとおりにしてたら、

殺されてしまう!

お前なんか、やっぱり、信用できない!

信用できるのは、やっぱり長男なんだわ!」







母の声は、

そういう怒りに満ち満ちていた。







昔から、

同じ事を母に進言しても、

私は聞き流され、

長兄が言うと、

「長男が教えてくれた」と

母は、ものすごく喜んだ。






だから、私は、

「ああ、またか……」と思った。





しかし、「国で調べたデータ」って?




そんなものがあるはずがない。





90歳で老人ホームへ入ったら、

皆

1年で死んでしまうって?






それなら、

老人ホームに90歳以上は、

少ないのか?








馬鹿馬鹿しい嘘だ。







しかし、長兄は、何のために、

そんな嘘をつき、

老人ホーム入居を妨害したのか?







私には、解らなかった。








しかし、母はもう当分、

私の言うことを聞かないだろう。







私は諦め、静観した。








一人暮らしが難しくなった母のところに、

長兄は

月に一度は来て、

買い物など

世話を焼いている様子だった。








私は、これ幸いと、

自分は殆ど母を訪問せず、

電話だけを時々した。








半年が経った、ある土曜日の朝。



突然、母から電話が来た。








地獄の底から響いてくるような声だった。







「古新聞を持って運んだら、

背中が急に痛くなって動けないんだわ。

身動きできないから、早く来て!」






すぐに救急車を呼べば良かったのだが、

私には、その知恵が浮かばなかった。






カギがかかっているだろうから、

玄関のガラスを割って入られるのも、

後が面倒だ……としか思わなかった。








1時間かかって、夫の車で到着すると、


母は本当に動けずにいた。






「来るのが遅い!」と怒られた。







それでも、夫の車に乗せ、

整形外科へ運んだ。








レントゲンの結果は、

「腰椎圧迫骨折。

しかも、何カ所も。

くしゃみしても、折れる骨です。」








「ここは、手術入院するための病院だから、

手術できない人は入院できません」と、

冷たく突き放す医師に、

私はとりすがった。








「一人暮らしなんです。

帰れません。

入院させてください!」







半呆けの母は、人ごとのように、

ボーッと横を向いていた。









医師は、顔をしかめ、イヤイヤ言った。





「じゃあ、リハビリ病院を紹介する。

そこのベッドがあいたら、すぐに移ってもらう。

それまでの数日しか入院させられないが、

それで良いか?」






「もちろんです。

よろしくお願いします!」







医師は、極めて不親切だったが、

看護師さんたちは優しく、

私はホッとした。







病室のベッドに横たわった母に近づいて、

私は、ギョッとした。






母から、ホームレスっぽい匂いがするのだ。




何だろう?





私には、解らなかった。







記入すべき質問表があり、

私は書き入れていった。







「最後に入浴したのは、いつですか?」



母に聞いた。





母は、

「うーん、2.3か月前かなあ?」と答えた。






それで、私の疑問は氷解した。






なるほど、母は、

電話で私が「お風呂入った?」と聞くと、

いつも、

「ウン、足湯したから、いいんだわ」と

答えていた。







つまり、足湯だけに入り、

入浴はしていなかったのだ……。






半ボケになり、入浴が面倒になったのか?






それとも、風呂場の寒さが嫌だったのか?






そして、実家はいつも、

サロンパスと線香が

強烈に混じった匂いが充満していた。


だから、

入浴していない母の、

ホームレスっぽい匂いも、

漂って来なかったのだ……。








その後、

リハビリ病院に移った母を見舞うと、

ニコニコして、とても喜んでいた。


「ここはねえ、お風呂に入ったら、

ぜーんぶ、洗ってくれるんだわ。

すっごく気持ちいいんだわ。

極楽だわ。」







母の状況を、兄たちに伝えた。





次兄からは、

「良かったですね」と簡単な返事が来た。






長兄からは、こんな返事が来た。


「イヌイットのお母さんでも、

お風呂が気持ちいいんですね。」







私には、その意味が分からなかった。







夫に質問した。





夫は、「イヌイットは、入浴しないんだよ。」

と答えた。






私は、唖然とし、背筋が寒くなった。






自分の母親を、

「イヌイット」呼ばわりするとは……。






しかも、長兄が妨害した結果、

母は老人ホームに入らず、

一人暮らしを継続し、

そのために

重い新聞紙の束を持ち、

圧迫骨折したのだ。






もし、私が勧めたタイミングで

老人ホームに入っていれば、

骨折もせず、

あんな激痛に遭わずに済んだはずだ……。






リハビリ病院からの退院が決まった母は、

シルバーカーなしでは歩けなくなり、

一人暮らしは完全に無理になり、

自分が気に入った老人ホームへ入居すると決めた。







しかし、やはり、

長兄が反対してきた。






私には、理由が分からなかった。






そして長兄は、

別のホームを推薦してきた。







すぐに私は見学に行った。







そこの入居者達は、

異様なほど、表情が暗かった。






大広間に入居者全員を集め、

大声で騒ぐ認知症の人たちの世話を

スタッフたちが焼いていた。







その様子を、

健常者たちは壁に張り付き、

暗い表情で、黙って見守っているのだった。







トイレや洗面も、個室の中にはなく、

それでか、月々の支払いは、

母の年金でおつりが来る。







しかし、

こんなところには、母を入れられない。







帰って母に報告すると、

母も、

「そんなところは嫌だ。

前に見たところに入りたい」

と言った。







しかし、私は母に言った。




「あそこは、長男が反対しているから、

私が別のところを探す。」








しかし、母は、頑強だった。



「いや、あそこが良い。

あそこに決めた。

あそこにして頂戴。」







私は、母の言葉を兄たちへ伝えた。






次兄からは、「了解」の返事が来た。







しかし、

長兄から来たメールは、

怒声と罵声に満ちていた。








「全部、お前が悪い!お前のせいだ!どうしてくれる!」







私は涙が止まらなくなり、

弁護士に相談に行った。







弁護士は

「自分が代理人になれば、

攻撃はすぐに止みます」と答えたので、

私は、それにすがりついた。







果たして、攻撃はピタリと止んだ。







後日、次兄は長兄に会った。






長兄は、こう言ったそうだ。






「自分は年金が少なくて、老後が不安だ。」







なるほど、長兄は、

母の老後より、

自分の老後のために、

母の預金が欲しかったのだった……。







「母の匂い」という言葉で、

私が思い出す、悲しい記憶である。







その後、母は、

老人ホームで10年、100歳まで生きた。







「なんでお迎えが来ないのかねえ?」と

私に

恨み言を繰り返しながら……。







~ ~ ~ ~ ~ ~






この話は、かなり前にも、一度書いた。






しかし、「母の匂い」という言葉に触発され、

もう一度

書かずにいられなかった……