「四十一番の少年」
井上ひさしの「四十一番の少年」を読んだ。
この作品は、
作品紹介によると、
どうやら、
とても暗い内容らしく、
昔の私は、
読まずにスルーしていた。
読んでみると、
最近読んだ小説の中では、
「一番」と言えるほど、
ズシッと
重い衝撃を受けた。
短編だし、
面白いし、
文章も上手いので、
すぐに、読めるのだが……。
ウィキペディアによると、
井上ひさしは、昭和9年生まれ。
生きていれば、90歳だ。
5歳にして、父を亡くし、
母が作った男から
虐待されたそうだ。
そして、孤児院に入り、
その時の体験を元にしたのが、
「四十一番の少年」らしい。
どこまでが、
体験か、虚構か、分からないが、
作品の内容は、
凄まじいものだ。
昔の日本は、
「暴力・虐待が当たり前」だったんだ……
という実感が迫ってくる。
ウィキペディアによると、
井上ひさしは、
最初の妻へのDVが
酷かったらしい。
奥さんの肋骨にヒビ、
鼓膜は破れ、
顔は腫れ上がり……。
奥さんの方も、多少、
やり返していたらしいが……。
子ども時代に受けた虐待・暴力によって、
彼の中では、
「暴力は当たり前」になっていたのだろうか?
今は、
「昭和的なセクハラ・パワハラ・モラハラ」が、
正面切って
断罪される世の中になってきた。
良い時代になったと思う。
つい、10年ほど前は、
「パワハラ・モラハラ」という言葉がなく、
なんと表現すればよいのか、
困ったものだった。
昭和の頃は、
弱者が
「セクハラ・パワハラ・モラハラ」を、
ひたすら耐え忍ぶのが
当たり前の時代であった。
今、
「セクハラ・パワハラ・モラハラ」と、
明確に
名付けられた結果、
それらは、ハッキリと
「悪行」であると、
世間的に
認識されるようになった。
弱者が、
強者にひたすら踏みつけられ、
耐え忍び、
泣き寝入りする時代は
終わりつつあるのだ。
女性の生理用品が、
トイレットペーパー同様に
トイレに常備される動きも
広まってきている。
まだ、
「常に携帯するのが女性のたしなみ」と、
女性に
責任を負わせる意見もある。
しかし、それなら、
「トイレットペーパーも常に携帯するのが、
人としてのたしなみ」だろう。
けれど、人間には、
「つい失念」
「急な、思いがけない下痢」などは、
つきものだ。
普通のティッシュを流せば、
詰まることもある。
それゆえ、
「トイレにはトイレットペーパー常備」が
広まったのだ。
「女性の生理」は、
「排泄」ではないが、
「人間の自然な生理現象」であるのは、
「排泄」と同じだ。
今まで、
「女性の当然のたしなみ」で
片付けられてきたのは、
女性の社会進出が少なかったこと、
女性の地位が低かったことが、
大きく
影響したのだろう。
「女性特有の困りごと」など、
男性からすると、
「取るに足らん、つまらんこと」だったのだ……。
良い時代になりつつある。
この動きが、
もっと拡大し、
女性の地位が向上し、
女性の発言力が強まってほしい。
最近、
土日に外を歩くと、
乳幼児を連れた単独パパの姿が多い。
10年前は、
非常に少数派だったが、
今は、それほどではなくなった。
男性も、
家事・育児をこなしてこそ、
真の男女平等に近づいて行く。
夫婦間で、
得手不得手を補い合い、
助け合うことは、
もちろん、大切なのだけれども……。