ムダな緊張(造影剤CTの結果、癌ではなかった肝嚢胞隔壁)
【長文です】
私は、極度の寒がりで
困っている。
(先日、思い切って、
「橋本病」の
血液検査をしてもらったが、
「違いますね。年齢的なものでしょう」と
言われた。)
決して
人様には口外できないのだが、
真冬には、
上下併せて12枚ほどを着る。
薄手な物ではダメなので、
超極暖ヒー○テックやら、
ホットマジッ○やら、
厚手ニットのインナーやら、
あれこれ真冬用を買い漁り、
ひたすら重ねる。
かつ、その上に、
ウールのセーターを
2枚重ねる。
まだ10月だが、
既に、
ストーブを朝から晩まで点け、
分厚く重ね着し、
セーターも1枚着ている。
鏡に映る我が身は、
夏と比べると、
2周りくらいデカい。
こんもりとして、まるで熊だ。
問題は、外出時、
特に
受診時である。
問診・面談だけならば、まだ良い。
しかし、診察となると、
第一に
恥ずかしい。
脱ぎ着にも、
時間がかかりすぎる。
そのため、受診時は、
枚数を減らし、
なるべく厚手の物を着る。
上着の内側に、ホッカイロを貼る。
ところが、
先日の造影剤CTに行く朝、
厚手の真冬用カーディガンを
着るべきところ、
私がつい、選んでしまったのは、
ペラペラの
ポリエステルの上着だった。
その上、
ホッカイロも貼り忘れた。
ところが、
その初めてのクリニックは、
やたらと
寒いところだった。
ナースはじめ、
事務員たちも、
しっかりと着込んでいた。
また、
「朝から水分を控えよ」との
指示があったため、
私は
喉が渇いていた。
普段なら、
緑茶・カフェオレ・
食後の薬を飲む白湯など、
朝は、
たっぷりと水分を摂る。
しかし、その朝は、
起床後すぐの
ほうじ茶一杯で
我慢せざるを得なかった。
病院に着いてから、
自然に
ドリンクの自販機に
目が吸い寄せられ、
思わず、何を飲むか、選んでしまい、
ハッと、
「ダメ、ダメ!」と気づく始末。
加えて、私は、
「白衣高血圧症」だ。
病院へ行くと、
昔から
自動的に血圧が上がる。
特に、
初めての病院では、非常に上がる。
ムダな緊張だと、
十分に
自覚しているのだが、
コントロール出来ない。
何せ、家でも、
「今、すこし緊張してるけど、大丈夫かな?」と
思いつつ測定すると、
案の定、
少し上がっているのだ。
そして、
この日は、何もかもが、最悪だった。
その朝に初めて会った医師から、
造影剤使用の「同意書」について、
詳しく説明された。
彼は、こう言った。
「造影剤は、
初めての人だけが
危険なのではありません。
回数に関係なく、
数回目でも、
危険な状態を起こします。
昔、
私が勤めていた病院でも、
実際、
そういう例がありました。」
それを聞くまで、
無知な私は、
「初回だけが危険」
「自分は3回目だから安全」と
勝手に
思い込んでいた。
その思い込みを打ち砕かれ、
もともと緊張していた私は、
更に、
震え上がった。
その後、
ナースにより、
造影剤のための
血管が確保された。
ぷくっとふくらんだ、
しかし、前も後も見えない、
肘の内側の血管を、ナースは選んだ。
普段から
よく選ばれる血管だ。
ところが、
「あれ? 針の向きが良くないぞ。
普通なら真っ直ぐ入れるのに、
この人は、斜めに入れた」と
私は思った。
しかし、
生理食塩水で、
注入テストをしたところ、
うまくいったらしいので、
ひと安心した。
CT室へ移動し、撮影が始まった。
造影剤が注入されてすぐ、
私は、血管に痛みを感じ、
「痛いです」と言った。
腕をバンザイするよう指示され、
腕を上げた際、
針がズレたのか?
撮影が中断され、
ナースは、針の刺し直しを決断した。
CT台の狭い不安定な場所で、
それでも、ナースは
器用に刺し直した。
今度は、手首に近い位置、
真っ直ぐな血管が
ハッキリ見える位置に刺したので、
ナースは
自信ありげだった。
ところが、
この予期せぬ事態に、
私の心臓は、
勝手にバクバクし始めた。
「まずい!」と私は思ったが、
もう、
心臓は我を失い、暴走を始めていた。
けれど、造影剤は
サッサと注入された。
さっきとはまた別の種類の痛みを
少し感じたが、
技師から
「造影剤自体による痛みがあります」と
説明されたので、
それだろうと思った。
身体の中の液体が
すこし熱くなり、
私は
意識を失うこともなく、
ただ、
心臓がバクバクと暴れまくった。
完全に勝手に暴走し、
止まらなかった。
私は、恐怖の塊と化していた。
無事、CTは終了した。
歩いて処置室に戻った。
ところが、
すべて終了したにもかかわらず、
なぜか、
心臓のバクバクが収まらない。
暴れている。
心全体の震えが止まらない。
恐怖の世界から、戻って来られない。
話は普通に出来るのだが、
異常な緊張感が解消されない。
ナースが血圧を測った。
上が200近く、下が100近く。
ここまで上がったのは、初めてだ。
私は
深呼吸を繰り返した。
自分に、「落ち着け、落ち着け」と
言い聞かせた。
数分後、再測定。
すこし下がり、ナースから解放された。
身体が冷え切り、とても寒い。
私は、
待合室にいた夫の服の袖口から
手を差し入れ、
夫の温かい腕の皮膚で、
自分の手を
辛うじて温めた。
午後からは、
造影剤CTを指示した医師のクリニックへ
行き、
CTの画像を
見てもらわなくてはならない。
それで、
癌か否か、
決まる可能性がある……。
今思えば、
私を、
もっとも緊張させていたのは、
その「癌か否か」という
不安だったのだろう。
午後、
私の持参した画像を見た医師は、
たいして明るくもない表情で、
すぐに言った。
「癌ではないね。」
私は思わず、
「有り難うございます」と返した。
しかし、
医師の表情は固いままだ。
そして、
「これから、どうする?」と、
いきなり聞いてきた。
私は、
「はあ? 選択肢は何?」と
疑問に思いつつ、
「素人なので、
どうすればよいか分かりません」と
アホ丸出しに答えた。
すると、医師は、
固い表情を変えないまま、
「それは、その人が決める。
心配じゃないなら、ほっとくし、
心配なら検査する。
癌で死ぬのは、僕じゃないから」と答えた。
私は、思いがけない言葉に
「エッ?」と驚きつつ、
「検査はCTですか」と問うと、
「エコー」。
私が「心配です」と
俯きながら答えると、
「じゃあ、3か月後にエコーするかい」と
提案されたので、
すぐに同意した。
今思えば、
医師は、
「肝嚢胞の隔壁」が一体、
いつ出来たのか?
それが不明なことに、
イラついていたのだろう。
「隔壁が、
ずっと以前からあって、
変化がないのなら、
癌化する恐れは少ない。
しかし、
隔壁が
最近生じた新しいものならば、
さらに変化し、
癌になる恐れがある。
このボケナスババアが
放置していたため、
過去が不明な以上、
これから、
エコーで観察していくしかない。
コイツが、長年
放置していたのが良くない。
このボケナスババアめ。」
今思えば、
正体不明の怪しい「肝嚢胞の隔壁」を、
私が持っていると
分かって以後、
医師が私を見る目は、
明らかに
変わった。
眉をしかめた、
イヤな目つきに変わった。
「隔壁が癌になり、
深刻になっていくのを見るのは、
正直、辛い。
自分が救えなかった、
何人もの患者の末路を
思い出して、辛い。
コイツも、そうなるのか?」
そんな目つきだ。
「肝嚢胞の隔壁」は、
癌ではないと
判明した。
だから、とりあえず、
今現在は、
安心して良いのだ。
しかし、
医師のイヤな目つきと態度が、
私に
不安を与えた。
その上、
造影剤CTによる
一連のストレスが、
私に打撃を与え、ボロボロにした。
その夜、
何の前触れもなく、
突然、右膝が痛み始めた。
翌日には、どんどん腫れを増した。
整形での診断は、「偽痛風」。
寒さ・ストレス・脱水。
私の場合は、これらが重なり、
発症の「きっかけ」になったようだ。
ムダな緊張。
これこそが、
私の最大の難敵だ。
うーむ。
どうすれば良いのか?
もはや、
「特異体質」と言って良いほどの
緊張のしやすさ……。
Copilotに聞いてみると、
「心療内科はどうか」と勧めてきた。
心療内科?
この上、更に、
クスリに頼るしかないのか?
どこかに、
無害な催眠術を
上手にかけてくれる医師は
いないものだろうか?