すずめの歌

夫と2人暮らしの日々

中島岳志「秋葉原事件 加藤智大の軌跡」を読んで

すずめ

【長文】






以下、ネタバレ含みます。





2008年に
秋葉原の路上で、


何の罪もない7人を殺し、
10人を傷つけた、
加藤智大。






彼は、
非常に残酷な
「加害者」だ。





しかし一方で、
彼は、
非常に哀れな
「被害者」でもあった。







彼の両親が
幼時から、

長年に渡って


彼を
苦しめ続けた事実が


ここに
書かれている。


(これが全てとは、
私には
思えないが。)







私は、彼が
可哀相でならない。






実の母親から、
彼が

受け続けた、
甚大な被害。






例えば、
母から

与えられる
ストレスのため、


小学校高学年まで、
彼は
おねしょをしていた。




母は、
彼に、
幼児用オムツをさせ、
そのオムツを、

外に干した。


それがまた、
彼には
「屈辱」だった。






「暴力」と
「否定」と
「強制」に
満ち満ちた、


過酷で
不幸な子ども時代。







会話による
温かいコミュニケーションが
異常に

欠落した母子関係。





温かい
思いやりも、
いたわりも、
欠如し、


その代わりに
突然、
暴力が

ふるわれる。






常に、
「問答無用」で


否定され
強制され


暴力を
振るわれ続けた。






母の罰に
耐えかねて泣くと、


泣くたびに
スタンプが1つ押され、


スタンプが
10個になると、
更に

別な罰が与えられる。






泣き止まないと
口に

タオルを詰められ、
ガムテープを

口に
貼られた。






料理中の母が
3つの皿に

キャベツを盛り付け、


幼児の加藤が
イタズラして
それを

1つに
まとめてしまった。





すると、母は、
加藤を
2階に
連れて行き、
窓から

突き落とそうとし、


加藤は
必死に抵抗し、
ようやく

転落せずに済んだ。






小学生になった加藤が
お風呂で

九九を言わされ、
間違えると、


母は、
浴槽のお湯に
苦しくなるまで、

加藤を沈めた。






友達を
家に連れてくるのは、
暗黙の内に

禁止。





見ていいTVは、
「ドラえもん」と
「日本昔ばなし」だけ。






中学生になり、
女の子と交流すると、
机にしまってあった

女の子からの手紙を
冷蔵庫に貼られ、


「つきあいをやめないと、
転校させる」と
脅された。






絵や作文は、すべて、
母が

つききりで、
口を出し
手を入れ
「本人の作品」では

なくなる。





作文は、
1字間違えただけで、
最初から

全部
書き直させられる。







母の要求通り、
進学校(青森高校)に進むが、


小・中と鞭打たれ、
必死に

頑張り続けた彼は、


燃え尽き、
勉強しなくなってしまった。






母は、
「北海道大学進学」を

要求したが、
彼には

無理になり、
進路変更した。






すると、
母は、
「大学進学したら

車を買ってやる」という
約束を

反故にした。






そのため、
加藤は
四大進学をとりやめ、
短大進学を

決める。






(なぜ、
四大進学をしないのか……


それを、
母に
考えさせたい意図が
あったらしいが、


おそらく、
効果は
なかっただろう……。)







自動車短大に進学すると、
今度は、
父親が

なぜか、
奨学金を
本人に寄越さない。






そのため、
加藤は
整備士等の資格を取るのを

やめる。





資格を
取らないことで


「父親に、
なぜ取らないのか、
考えさせたい」という
彼の意図だったらしい。







「四大進学取りやめ」も、
「資格取得しない」も、
なんと、

捨て身の過激な行為だろう……。







要するに、
彼は、

幼時から


「親との言葉による
コミュニケーション」を
与えられなかったため、


「言いたいことを、
言葉ではなく、
行動で

表現する」。



それしか
出来なかったらしい。



(しかも、
過激で
自分に不利な行動によって……。)







そして、
何の資格もないことで、


その後の
就職が
極めて困難になり、


次第に、
彼は
追い詰められて行く……。








小学生時代の彼は、
「不満があると、

暴力を突然、
相手にふるう」子だったらしい。





それは、
ごく幼い時から、


常に、
問答無用で


母から
暴力や強制を受け続け、


その経験の
積み重ねによって、


「彼が
自然に学びとった、
唯一の行動様式」

だったと
私は思う。







そして
それが、
25歳になり、
現実の人生に

行き詰まった時、


「無差別殺傷」という
爆発的行動と
なってしまった……
のだろう。







彼は、
既に、

20歳頃に、
自殺未遂もした。






それから
5年後、
25歳で

起こした大事件は、


更に
追い詰められ、
自暴自棄になった

彼にとって、
「一種の自殺」
でもあった
のだろう。








彼の両親は、
青森の

地元の金融機関で、
職場結婚だったらしい。






戸建ての持ち家もあり、
決して

貧困家庭ではなかった。






しかし、
加藤の過ごした

子ども時代は、
過酷だった。








幼児時代、
積雪した冬に、

罰として
薄着で

外に出されることが
何度も
あった。







「出て行け」と、
母に言われ、
4㎞も
離れた
祖母の家に、
弟を連れて、
歩いて行ったこともあった。


まだ、4、5歳の頃だ。







周囲からの
「子に厳し過ぎる」
という批判にも
母は

一切、耳を貸さなかった。







母は、なぜ
こんなにも
自分の子を

いじめたのか?







1つには、
「夫の帰りが毎晩遅い」

ストレスを
子に

ぶつけていたらしい。







しかし、
それだけではないようにも

思える。






母は、
自分も
青森高校の出身だったが、


「地元の弘前大では
不足」と考え、


他県の国立大を目指したが、
かなわず、


地元に就職した人らしい。






自分の
果たせなかった夢を


何としても
長男に
リベンジさせたかったのか?






その時点で、
既に
子どもを「私物化」し


親としての道を
大きく踏み外している……と


私は思う。






この母は、
私と
同世代らしい。




この人が、
どんな
生い立ちだったのか?




自身もやはり、
親に

虐待されて育ち、


「愛」を
知らない人だったのか?






そのあたりも
私は
知りたかった……。







本当は、
この母に
詳細な

聞き取りを行い、


子育ての中で、
いったい

どんな事を
子どもたちにしたのか、


それを
具体的に
全て

明らかに
して欲しかった。






そうすれば、
「子育てで、

何を
すべきでないか」。



それを、
明確に出来たと
思う。






この母の
「反面教師的子育て」の
詳細が

明らかになれば、


そこに、
我々の
「学ぶべき点」が

数多くあると


私は思う。







(加藤の弟は、
兄よりは

酷く当たられなかったらしい。


しかし、
高校を中退し
引きこもりになったようだ。)







加藤には、
現実に

何人も友人がいた。






しかし、
加藤は
その友人たちと


言葉により
心の奥深いところまでを
伝え合い

理解し合い
交流し合う……ことが


全く
出来ていなかった。






それが、
この事件の
最大の原因だった……と
私は思う。






気持ちや
経験を、


心の奥底まで
打ち明け合って、


本心を
見せ合い、


つながり、


理解し合い、


支え合える。





そういう
現実の友人、
または
彼女がいれば、


この事件は、
起きなかったろう……。







加藤智大は、
あまりにも
精神的に

孤立していた。






そして、
その原因は


彼が育った家の中で、
彼が

幼少期から


母からも
父からも
誰からも


温かい言葉・温かい関係を
与えられず、


それどころか


冷酷に
否定され、


激しく
攻撃され続け、


精神的に
孤立し続けていたからだと


私は思う。







事件前に、
加藤は
「人間と話すのっていいね」と
携帯に

書き込んでいる。







つまり、
彼は
あまりにも

孤立していたのだ。






そして、


孤立せざるを得ないような
「行動様式」に
彼を

追い込み、


「無差別殺傷」へ
突っ込んで

行かざるを得ないような


彼の
「精神構造」を
形成してしまったのは、


幼少期からの
極めて
異常な
子育てだ。





その
子育てをした
彼の親だ。







彼が
経験したような
子ども時代。






すなわち、
「否定・強制・暴力」が


日々、
充満して
子を
押し潰す。



そんな
過酷な
子ども時代を
過ごせば、


いったい
誰が
「まともな大人」に

なれるだろうか……。








加藤は、
なぜ
現実の友人たちに、
本心を

打ち明けなかったのだろうか?






友人たちは、


「加藤は、家庭について
全く
話さなかった」と


一様に
言っている。







私の推測は、こうだ。






加藤は、
自分の親が、
世間の親と

あまりにも かけ離れた
異常な親だと

解っていたのではないか。



だから、
そんな親について
友人に

話したところで、
理解を得られないと


最初から
諦めていた

のではないか?






そう、
私が想像するのは、


かつて
私自身が

そうだったからだ。






私も、
自分の親が
特殊な親で


世間の親と
かけ離れすぎており、


友人に話したところで
全く

理解されないだろう……と
思い、


友人には
1度も
話したことがなかった。



1人で
悩みを
抱え込んでいた。



加藤も、
そうだった
のではないか?







加藤が
携帯の
「掲示板」の世界に、
本心で

つながれる相手を
求めたのは、


現実の世界では、
本心を語れる相手が

いないので、


現実とは
かけ離れた世界に、
その相手を

求めたのではないか?







また、加藤は、
現実の世界で
親との

まともなコミュニケーションが
全く
成立していなかったため、


「現実の相手と、
言葉によって

深く交流し、
温かく理解し合う」


という経験を
全く

していなかったのではないか。






だからこそ、
加藤は


親のみならず
友人とも、


「言葉による
親密な
コミュニケーション」を
取らなかった。





いや、取れなかった。







ただ、彼も、
「自分の本心を
解ってくれる相手」を
心から
欲していた。


必要としていた。







しかし、
彼は
その相手が
「現実の中」に居るとは
思えなかった。







だからこそ
彼は、
携帯の
「掲示板」の中に
のめり込み、


遠い彼方の世界に、
その相手を
求めたのではないか?









幼子の
人間関係の基礎は、


母(または、その代理)からの
働きかけによって
築かれる。






幼子は、
その与えられた
土台の関係を
基に、
母以外の人とも
関わって行く。






その母が、
そもそも、


言葉や情緒による
まともな

温かい
コミュニケーションを
拒否しており、


身体的暴力や
冷酷な
強制によってのみ、


幼子を
支配していたら……。






幼子は、
その後も、


言葉や情緒による
温かく親密な
コミュニケーションを


誰とも
結びようがない
のではないか……?







(私自身、
親から、
言葉や情緒による、
温かく親密な
コミュニケーションを
与えられないまま、
成長した。


そのため、
母になった私は、


温かく親密な
コミュニケーションが
かなり不足な
子育てを
してしまった……と、


今にして、
反省している。)








個人の家の中で、
母親が
幼子を相手に
繰り広げる
「虐待」。






それが、
10年後、20年後に、
社会を
震撼させる事件へと
発展する。







大事件に至らずとも、
「虐待」は、
子の心に
一生、
消えない傷を残し、


子を
長年に渡り、
不幸にし、


更には、
子の周囲にまで、
悪影響を
及ぼす。









「虐待」を、
未然に
防ぐ必要がある。







すなわち、
「暴力・強制・否定は、
子育てにおいて
行なってはならない。


子を
私物化しては
ならない」


という教育を、


義務教育で、
実施すべきだと
私は思う。







少なくとも、
出産前の
「親学級」の内容が、
「沐浴の仕方」だけであって
良い筈がない。





(もう、記憶は朧だが、
私の受けた20数年前は、
「沐浴」が、
「母親学級」の
主たる内容だった。)







人類は、長い間、
子育てを
共同で
行なっていたらしい。





ところが、
現代は


核家族化により、


子育ての責任が
「母親1人」に
負わされてしまっている。




妻も
社会で
働くようになり、


ゼロ歳から
保育園に
預けることも
一般化してきている。




しかし、
保育の現状は
実は、
他国に比べると
劣悪らしい。




幼時からの
子の
人権と幸せ。




それを、
国が
責任を持って
守る。




そういう仕組みを
確立しない限り、


虐待も、


社会を揺るがす
「無差別殺傷」も、


減少しないだろう。