すずめの歌

夫と2人暮らしの日々

奪うだけの人

すずめ

知人のA子さん。







裕福な実家に生まれ育ち、

安サラリーマンと

周囲の反対を押し切って結婚。







結婚後も

母親から

かなりの額の小遣いをもらい続け、

母親が死去するまで、

長年優雅に生活してきた。







ところが、

10歳上の夫が、気づけば認知症。







それも、

ただの認知症ではなく、

激しく怒鳴るパワハラ型の認知症。







ケアマネや医師も、

激しく怒鳴られ、

恐れをなして遠ざかるほど。







賢明な女性ならば、

反論は

夫を怒らせるだけと気づき、


夫に同調し夫を持ち上げ、

軟化させるだろう。







しかし、

A子さんは、それに気づかない。






相変わらず、

「ああ言えば、こう反論」を続け、

夫を

激怒させる日々。








問題は、

夫を施設に入れる金が

全くないこと。







精神科に入院させようにも、

夫本人が

断固拒否している。







A子さんが短期入院するにあたり、

「どうぞ、ご一緒に入院してください」と

医師が勧めたところ、

「アンタ、

俺を入院させてもうけるつもりだろう」と

医師を

怒鳴りつけ拒否したほど。









A子さんは、

母親からの潤沢な小遣いを全く貯蓄せず、

ひたすら

デパートで買い物したり、

優雅な暮らしを続けて来た。








そのため、

母親が死去すると、

生活は、たちまち苦しくなった。








ボイラーが故障して

買い換える時すら、

息子に買ってもらう始末。








結局、

彼女には

「自分の将来設計」がなかったのだ。







すべて、成り行きまかせ。

お気楽だったのだ。







その結果、彼女は、

パワハラ型の認知症の夫と

これからも数年間、

同居し

世話をしなくてはならない。








しかし、それも、自業自得……。








私は、彼女を見ていて、

いくつか、

驚いた点がある。








実家が裕福なこと。


兄と弟が優秀なこと。


親戚筋に

有力な政治家が多いこと。







それらは、

彼女自身とは無関係であり、

彼女自身は裕福でもなく、

優秀でも

有力でもないのだが、


彼女は

それらを

「自分の属性」として

誇っているのである。







自分は生まれ育ちが良いので、

自分は

優れた人間である。







どうやら、彼女は、

心から

そう思っている様子なのである。








銀行の金利が下がり、

世間一般が

一斉に

住宅金融公庫のローンを借り換えした時に、

何も知らず、


最後まで

住宅金融公庫のローンを払い続け、

しかも

夫の退職金でも完済せず、

第二の職場でやっと完済した……。








そんなことを、

優れた人間なら、しないだろう。







しかし彼女は、

そういう事象には

全く無知であり、

全く頓着しないのである。








まあ、

ボイラー代を

すぐに出してくれる息子さんがいるのだから、

これからも、

何とかなるのであろう……。








人生は、さまざまである……。








私の母も、

A子さんと同類の人だった。






成り行き任せ。


自分の将来設計がない。


世間の動きについて、

全く

何ひとつ知らない。






それなのに、

プライドだけが高く、やたらと威張っている。








80を過ぎた母は、

いつも、

「私はこの家でパタッと死ぬから、良いんだ」と

私に

言い放っていた。







ピンピンコロリなど、

一握りの

ラッキーな人の終焉なのに……。








そして、私が

母の代わりに、

母の老後を考えてやり、

施設に入れてやり、

丸々10年、世話をした。








母が愛した兄2人は、

知らぬ顔をして

そっぽを向き、


母から憎悪されていた私が、

母の世話係となるしかなかった。







母には、それが

大きな不満だった。






口先だけで私に

「ありがとう」と言い、

眼を吊り上げて

私をにらみつけ、

全身で、

「出来損ないのお前なんかに世話してもらう私は不幸だ!」と

訴えていた。






今考えてみると、

母は、

顔の奇形を持つ私が

施設に出入りし、

それが

自分の娘だと周囲に知られることを

自分の恥と思い、


それで

私が来ることを

嫌がっていたのだろう。






しかし、一方で

面会人が全く来ないのも、

淋しいし、

不便でもある。






だから、母は

来るなとも言えず、

嫌々、

私の訪問を

受け入れていたのだろう。







そんな母に会う度、

私は、苦しかった。


逃げたかった。





しかし、

私しかおらず、逃げられなかった。




逃げるなら、

もっと早くに、逃げるべきだったのだ。







要は、

私の愛着型は「不安型」なのだ。






母は、普段は、

幼い私をネグレクトしたが、

私が

病気や入院の時だけ、

まめまめしく

私の世話を焼いた。






それで、私は、

「母の愛を渇望する人」になったのだろう。







母は、ずっと、私を蔑み、憎んでいた。






それなのに、私は

ずっと母の愛を求めていた。






母の愛する兄たちが

母を見捨て、

私しか母の側に居なくなった時、

私は

「私が頑張れば、母はきっと私を見直すはず」と

思った。






しかし、それは、大きな間違いだった。






母は、最後まで、私を蔑み、憎んだ。


私が

どんなに母に尽くしても。







そして、母は、

ひと言で言えば、

実に低劣な人だった。







A子さんのような低劣な人に、

今も、

私がつい親しみ過ぎ、

親切にしてしまう性癖があるのは、


私が長年、

母という低劣な人しか知らないまま、

慣れ親しみ、

世話してきたせいなのだろう。








これからは、

親しむ相手を選ばなくては。








低劣なエゴイストは、

石ころのように

世間にゴロゴロいるから、

よほど、

気を付けなくてはならない。






今まで、私は、

そういう部類の人たちに、親切にし過ぎた……。







彼らの特徴は、

人から奪うだけで、

自分からは

決して

何も与えないことだ……。


私の母と同じく……。