94歳、「飢えほど辛いことはない」
94歳、
一人暮らしのひさ子さまが、
日々綴られるブログに、
深く
感銘を受けました。
戦中を苦しんで生き抜き、
14歳で
敗戦を迎えた女性の、
貴重な証言と、尊い提言です。
転載させて頂きましたので、
ぜひお読み下さい。
戦争とは、飢えること。
だからこそ、
絶対に
開戦してはならないのです。
物価高・コメ不足で、
飢えが
身近に迫ってきた私たち……。
今こそ、
戦争したがっている政権に、
ストップを
かけるべき時です。
「大丈夫よ! 焼夷弾降ってこないもの」
つい言ってしまう口癖です。家を焼かれる心配も,自分が殺される心配も、まったくない平和が80年続くと,戦争しても良いなんて感じる輩が現れるのかな。
戦争していない以上、まず私は困らない。そんな気がしています。
けれど、他国と戦えば、たちまち飢える国でしょう。
国内産だけを食べていられる日は,1日もないと思うもの。
外交をしっかりして、平和を維持する以外,国民を飢えさせない方法はないと思います。戦争を知らない政治家たちが、間違わないでほしいです。
制海権,制空権を失い、外国から食料が来なくなったら,たちまち庶民は飢えます。食料の値段は毎日跳ね上がって行きます。
海からも空からも運び込めない時、国内では食料の奪い合いが始まります。秩序も何も無くなります。
80年前、朝に夕に闇市の食料は値上がりしました。インフレほど恐ろしいものはなかった。
物は誰かが持っているが,お金が紙屑になってしまって買えません。闇屋は毎日値をあげる。闇成金が栄え庶民は飢えた。全て戦争のせい。
戦争だけはやっちゃダメなんです。勝っても負けても、人が殺されたり飢え死にしたりするんです。子供時代に、飢える辛さを体験したので,強く言いたい。
他国と争うな,仲良くしましょう。
戦争したら,子や孫が兵隊に取られて死ぬんです。原爆,水爆を使わなくても,原発さえ壊せば、壊滅する時代です。
80年も続いている平和は守り続けなくちゃいけません。
飢えほど辛いことはないのよ。お腹が空いたら,何より辛いのよ。少女時代いつもお腹を空かせていた私の思いです。
昭和20年4月、中学校2年になった私は工場の焼け跡整理に駆り出されました。
学徒動員で働く筈だった工場は爆撃でがれきとなっていたのです。せめて機械を操作して兵器を作りたかったのに。炎天下灰まみれで、気管支炎になって欠勤し、医者からの帰り道で玉音放送が始まったのでした。ガッカリと安心,14歳になった直後の私には訳のわからない心境でした。これからどうなるかわからないけど「取り敢えず空襲で死なないで済んだ」が実感でした。全然嬉しくはないままで。