すずめの歌

夫と2人暮らしの日々

夫は「変な人」=「コミュニケーション不全の人」

すずめ


夫の知人から、

夫に、メールが来た。





健診で

「がん疑い」が判明し、

精密検査を受けるとの内容だった。

 





その人と夫は、

月に何度も会ったり、

メールを交換している間柄だ。

 






彼からメールを貰うと、

いつも

すぐに返信する夫が

「今度会う時に話せば良いから」と

返信しようとしない。

 






私は、

「いつもお世話になっているんだから、

こういう時こそ、

すぐに返信してあげたら」と

促した。

 






すると、夫は

「うん、そうだな」と答え、

すぐに、

パソコンを打ち始めた。

 








その後、ふと、私に

疑念が湧いた。

 






それで、私は、

夫の送信したメールを読んだ。





夫も使用しているパソコンは、

もともと私の物だし、

メールアドレスも共用しているので、

夫宛のメールも

私が

いつも着信をチェックして

夫に知らせている。

 







疑念は、的中していた。

 






夫の書いた内容は、

その人がもう、

がんと診断されたかのような内容だった。

 





そして、夫は、

夫自身のがん治療の経験まで

子細に語り、

「今は良い治療がありますから、大丈夫です」とまで

決めつけていた。

 






私は、愕然とした。

 




そうではあるまい。

 




がんか、否か?

相手は、今、

不安のまっただ中にいるのだ。

 





周囲に出来ることは、

「がんではないよう、祈っていますよ!」と

強く言うことだけなのだ。

 





がんも、

早期発見・早期治療なら、

無事に生還出来ることが

多くなってきた。

 





しかし、依然として、

がんが

大変危険な病気であることには

変わりがない。





抗がん剤の副作用に、

とても苦しむ人も多い。

 





がんの疑いがかかった本人は、

がんでなければ良いが……と

懸命に

願っているに違いないのだ。

 






それなのに、

その本人の切なる祈りを無視して、

あたかも、

既に

がんと確定したように決めつけた話を

長々と展開し、

自分は

運良く乗り越えられた話まで

先輩ヅラして

得意げに語るなんて……。


 





本当に、夫は、変な人だ。

 





改めて、私は思った。

 







こんなにも

人の気持ちがわからない人と

2人きりで、

他に話し相手もなく暮らしているからこそ、

私は、いつも

「満たされない思い」を

抱えているのかも知れない……。

 







例えて言うなら、

慢性的な「隔靴掻痒」だ。

 






夫に、指摘した。

 





今、本人が

一番言って欲しい言葉は、

「がんではありませんように! 

祈ってますよ!」

という言葉だよ。


確定もしていないのに、

サッサとがんと決めつけて

先輩面して

自分はうまくいった話をするなんて、

最悪だよ。

 






夫は、私に説明されて、

ようやく

理解が出来たようだった。

 






次に会う時に、

謝罪する気になったようだった。

 






2.3日後、夫は彼に会った。

 






「彼に謝ったの?」と

私が尋ねると、


夫は、

「うん。

つい、気持ちが先走ってしまって、

がんと決めつけた話をしてしまったと

言っておいた」と、

満足げに答えた。

 






私は、また呆れた。

 





それでは、

「単なる言い訳」「自己保身」だ。







相手は、一層、気分を害し、

呆れただろう。

 







私に対しても、

夫は、

いつもそうだ。

 






謝罪するべき場面で、

率直な謝罪を

決して、しない。

 






自分が

そういう行動に走ったには、

「正当な理由」があり、

やむを得なかった。


そういう説明をして、

強引に

言い逃れて済まそうとする。

 






ところが、それは、

客観的に見て、

「正当な理由」ではないことが

殆どだ。

 





つまり、

夫自身が、

自分の責任で判断を下したことなのに、

あたかも、

外部的要因から、

そうせざるを得なかったように、

夫は、

話を

作ってしまうのだ。

 







何につけ、

夫は、

率直に謝罪しない。


言い訳して、言い逃れようとしてばかりだ。

 








1つには、

自分の落ち度を認めるのが

恥ずかしいのだろう。



「自分の非を認める勇気」がないのだ。



臆病者、腰抜けなのだ。

 







これは、夫の心性が、


自分の責任を自分でとれない、

自己中心的な幼児と同じ心性であり、


一人前の責任を背負い、

キチンと自分で責任をとる

「ほんとうの大人」の心性ではないことを

証明している。

 







要は、

「社会性」「対人スキル」が

低レベルなのだ。

社会的訓練が

キチンと出来ていないのだ。







率直に謝罪しないと、

世間は許さないということが

体得出来ていないのだ。

 








それから、

これが、最大の原因だと思うが、

夫は、

「真摯で率直な謝罪だけが、

相手の怒りを解く」ということを

理解していない。

 






つまりは、

人の気持ちが解らないのだ。

 






夫によって傷ついている

相手の気持ちが解らない。

 







だから、

自分を平気で優先し、

自己保身の理屈を

グダグダ言って、

その場逃れの

自己正当化をして、

恥じないのだ。

 







夫は、

人の気持ちが解らない、変な人。



つまり、自閉症的な人。



コミュニケーション不全の人。

 







それが、

今、結婚28年で、私が

たどり着いた「夫への理解」である。

 







たぶん、夫は、

いくら説明しても、

「自分と、多数の人との違い」が

理解出来ないのだろう……。

 






私の孤立感は埋まらず、

閉塞感は

開放されないだろう。

 

 






私が、こんな人を、

夫に選んでしまったのは、


過去の私の「男性モデル」が、

「人の気持ちが全く解らない人」=「父」

だったからなのだ……。

 







あの父に比べれば、

ずっとマシ。

 






そう思って、私は夫と結婚した。

 





ところが、それは、程度の問題であった。




範疇としては、

父と夫は、

実は、同じタイプの人だったのだ……。

 






そして、問題は、

我が愛する一人息子も、

夫と同じタイプの人だということだ……。

 






せめて、

元々の5人家族の中で、

唯一、

女同士だった母と、

気持ちが通じ合えていれば、

私は

救われていたろう。

 






しかし、母は、

私を、

片輪者、「人間以下」と

忌み嫌った。

 






母は、私に、

一方的に長々と

父の悪口をぶちまけたり、

自分の考えを

一方的に

説教することは多かった。

 






しかし、母は、

私の気持ちを考えたり、

私に何か問いかけたり、

私と対話することは、

殆ど皆無だった。

 





私は、孤立し、

誰かと対話することを

学ばないまま、成人した。

 






そんな私は、結局、

コミュニケーション不全の夫と、

その事実に気づかぬまま、

結婚したのだった……。